「徒然」カテゴリーアーカイブ

マウント合戦

2025.5.9(金) 徒然 148

YouTubeで時々見るのが「森キャンプ浩平」である。
森浩平は自称俳優であるが、実質はバイクツーリング動画の配信で食っているようだ。
で、トライアンフというバイクに乗って行き交うバイクに問いかける。
「君の、何シー?」
「750」
「僕の、1200シーシー」
こんな具合で、バイクの世界では排気量が大きいほど単純にマウントが取れるらしい。

【R32型 GT-R 2568㏄】

山の世界ではどうか。
「日本100名山、達成しました」
これは金と時間に余裕があり、かつ体力と情熱が必要で素直に関心する。山の世界では一生マウントが取れる。

「5.13、登りました」
「2段、登りました」
これも素晴らしい。しかし、グレードのマウントは危ういところもある。
「あの人、段クライマーなのに5.11でヒーヒー言ってるよ」
と、後ろ指をさされかねない。

【AE86 トヨタ・スプリンタートレノ 1600㏄】

年齢(若年)マウントはどうか。
「あの子、小6(12歳)で5.12が登れるそうだ」
これ、10年前はすごいことだったが、今は「13ぐらい登らないと将来性がないね」などと言われる。
だいたい若い奴はうまいけれど「すぐに腐れる生もの」だからあまり信用されていない。
若ければ良いことはあまりない。

【マツダ NDロードスター 1500㏄】

高年齢マウントはどうか。
「Hさんて、75歳だって。今日は5.10cをリードしてるよ」
「すごいね!」
これは完全にアリだ。
山はもう中高年の世界、いかに長く続けられるかが大事だ。

クライミングは基本的に人と競い合うものではないから、生涯スポーツとしても推していける。
ただし、山中で倒れては人に迷惑をかけるので、「朝から立って靴下が履ける」ことができないならば山に行かないようにと私は考えている。

【MAZDA MX-5 MIATA 1500cc】

昨日、フィットネスジムの更衣室で年配の方に話しかけられた。
「御いくつですか?」
「あ~、67です」
「私は72です」と、勝ち誇ったような顔をされた。
勝手にマウントを取られた。
ジムは少しでも年上だと優越感が得られる所のようだ。

退職1ヵ月目の振り返り

2025.5.1(木) 徒然 147

庭で「ビーッ!」と何かの鳴く声がしたので、外を見るとコゲラだった。枯れかかったハナミズキの枝にやってきた。

退職して1ヵ月が過ぎた。
まだ旅行等にも行っていないのに、予想以上に楽しい。
そこで、この1ヵ月間(30日)を振り返ってみた。

①山行 10回 (日向神7,野岳1,岩野山1,九重山1)
イレブンRP3本(開花宣言、春リンドウの頃、アンダーリンク)
県体壁は2回

②フィットネスジム 10回(RADICAL/POWER 4回)

③草刈り 7回(実家5回)

④図書館 5回(キクロス3,西合志2)

⑤法事 3日(1周忌、通夜 葬儀)

⑥ドライブ 3回(おはくま、長湯、野岳)

⑦年金 いまだ0円 (講師2年間の退職金は出た!) 

⑧整骨院 1回(腰痛) 
 今はひじが痛い。少しやりすぎた感がある。

⑨始めたこと 家計簿つけ、フィットネスジム、片付け

⑩これからすること

5月1日、修理が終わった管理機で畑を15㎡ほど耕してみた。
畑仕事は力が要る。体が動く元気なうちに始めなければいけない。

私のカメラ遍歴~投稿1000回記念

2025.4.24(木)  思い出の写真10 徒然146

今回のブログで投稿数がちょうど1000回に達した。
2015年11月から投稿を始めて10年、つまり1年間で100回ペースの投稿になる。
なにか記念になる投稿にしようと考えたところ、私にとって「山・車・写真」は三位一体をなしているが、これまでカメラについて紹介したことがなかったので、1000回記念としてカメラを取り上げることにした。
また、3月末に退職して家の片づけをぼちぼち始めたところ、ちょうど中古買い取り業者さんが来られたので昔のパソコン台、ファンヒーター、皮ジャンなどと一緒に使わないカメラも出してしまった。
お世話になったカメラの恩に報いるためにもブログの中に記録しておきたい。

① 高校2年

「ヤシカ エレクトロ35」である。
父が職場から譲り受けてきたもので、我が家で初めてのカメラでもあった。フイルムは手巻きで、レンズは35mmの単焦点だった。画像はフラットで深みはなかったが写りは非常に良かった。難点はけっこう重かったぐらい。
このカメラで撮った写真はカテゴリー「思い出の写真」を参照して欲しい。

② 大学3年

「オリンパス OM10」である。
小型、軽量の一眼レフとして当時の山ヤのベストセラーになったモデルだ。
3年時、リーダーとして夏合宿に行く前に思い切って買った。貧乏学生で長期ローンを組んだのでずっと払い続けた記憶がある。
フイルム代、現像・プリント代も高かったのであまりたくさん写真を撮っていない。

針の木岳から下った黒部湖のテン場、カメラを大事そうに持ってテントの周りをうろうろする私。

北海道:十勝岳にて。こんな斜(はす)に構えた写真が多い。
数日前に信州大学思誠寮で登山靴を盗まれ、ハイキング用を履いている。(ワンゲル時代)

3月の槍ヶ岳山頂。
中古で買った長い望遠レンズなど交換レンズを3本も持って行った。若い時は重さが気にならなかったのだろう。(山岳部時代)

③ 29歳

「CANON EOS 10」である。
EOSシリーズの廉価版で、見た目よりも軽く自動焦点だった。
菊池渓谷で花の写真を撮るために高い純正のマクロレンズなどを買い求め、ポジフィルム(スライド用)を使い始めた。
田舎の写真コンテストで入選したこともあった。

1993年当時の日向神ダム事務所。以前は黒木町の小学校だった。今は取り壊されて公民館になっている。
隣には日向神社がある。
この後、家庭の都合でクライマーからランナーになった。

ご存知、カタクリの花。
30代後半からはネイチャーカメラマンの時代。

④ 44歳

「CANON EOS-kiss3L」である。
ポジとネガ2種類のフィルムを使うためにカメラ2台持ちになった。
レンズは中古のタムロン28-300の超高倍率ズーム。

⑤ 46歳

「CANON PowerShot-Pro1 」である。
一眼レフカメラのレンズをいちいちはめ変えたりレンズの重さやかさばることが気になっていた。
そこでレンズ固定、デジタルカード式、バリアングルも付いて接写もやり易そうなこのカメラを買った。
レンズの赤い帯はCANON高級レンズの証。
ところが接写時のピントが合わせにくいことが後で分かった残念な1台。

学校で「カメラクラブ」を立ち上げた頃の1枚。
ファミリーカメラマンの時代。


⑥ 51歳

「CANON EOSkissX3 」である。
ズームレンズ18-55、55-250の2本がセットだった。
このカメラは丈夫で長持ち(10年間)したが、のちにカメラ内部の小さな黒い点が写りこむようになった。(私以外誰も気付かないような点)

熊本クレッテルカメラードで岩は登らず、熊本城・宇土櫓の武者返しを登っていた。(草取りのボランティア)
ちなみにドイツ語でクレッテルは山岳、カメラードは仲間のことで、カメラとは関係ない。

⑦ 61歳

「CANON EOS-M」である。(現行機)
Mはミラーレスのこと。本体は超小型で、大人の手には小さすぎる感じもする。しかし、一眼レフながらなるべくレンズを交換しないようにするため18~150ズームを選択したので重くなった。
画質はあまり良くないが、取り扱いの良さが気に入っている。

今朝の1枚。

ダム下から図書館へ

2025.4.22(火) 日向神275 ダム下34 徒然145

午後から雨の予報だが、午前中に新しいラインの掃除だけでもやろうとダム下へ向かった。

①Project5の掃除
上から下がってブッシュを払い、斜めに生えたスギを切り落としたらねらっていたラインから1m以上ずれていた。
掃除の効率が悪く、小雨も降ってきたので早めの撤収。

②Project6の取り付きまでFixロープ張り
雨が思ったより降らないので別のエリアに転進。
GWはここで楽しめそうだ。

午前11時、ダム施設の軒下で早めのボッチ飯。
これでカップ麺の在庫が尽きた。

午後の予定はないのでキクロス(図書館)へ。
大きなサッシの外には白いテーブルとイスが置かれた広いデッキが見える机で座り読み。
うとうとしていると、職員の人がカメラを持って現れ、サッシを開けて雨上がりのデッキに出た。図書館の若い職員だから女性だろうと思ったが髪は短くメガネをかけて大きな白いマスクもをしていて男っぽく見えた。 服装も体型も中性的だ。
カメラは黒い一眼レフ(たぶんEOS:kissX)なので男が持つイメージが先行する。カメラを構える動きもキビキビして「男かな?」と迷う。
被写体は白いテーブル。
上から横からと画角や構図を変えて何枚も撮っている。雨上がりのこの時をずっと待っていて、前回の失敗を糧にして、時間も気にするようなその所作、よく分かる。

(このマムシグサを撮るときも画角や光線の具合、被写界深度など考えることは多い。4月10日撮影)

よく見るとカメラを持つ指が細くてきれいなことでやっと女性と断定した。
女性が去ってから「テーブルの何を撮っていたのか」とても気になったので私も外に出てみた。
白い丸テーブル。
う~ん、どの角度から見てもただのテーブルだ。 雨が降って濡れてはいたが周りの景色が写りこんでいる訳でもなく、私には何の写欲もわかない。かなり寄って撮っていたので抽象的な画像をねらっていたようだ。人の感性の違いがよく分かった。
帰り際にカウンターを見ると、件(くだん)の女性がまっすぐ前を向いて座っておられた。

退職 6日目

2025.4.2(水) 徒然 144 コレカラダ 2

我が家の「肥後椿」が見頃を迎えた。

退職2日目(3月29日)にダム下で受けた電話はやはり葬式組内のご不幸で、区の総会、通夜、葬儀と続き3月中は暇がなかった。
4月1日、全国的に寒い中にも家族で花見へ行った。

国道387号を北へ向かう。沿道の菜の花がきれい。
遠方の丸い山はカニのハサミ岩がある「八方ヶ岳(1052m)」

菊池神社参道のサクラ並木。
人力車の車夫をしているのは旧知のUさん。
菊池の盛り上げ隊長だ。

俗に「菊池千本桜」という。
なかなか見事だが寒い平日とあって見物客はまばら。

退職6日目、4月2日(火)になってやっとフリーというか「オールサンデークラブ」の一員となった。
3月までは目覚し時計なしでも5時30分に目覚めていたが、よくしたもので今日は7時になってやっと起き出した。

ケヤキがこの数日で一気に芽吹いた。

① 文書類や本のプチ断捨離
② もらい物の「金の生る木」を10本ほど挿し木
③ スポーツジム「コレカラダ」で入会手続き
④ プログラム「ピラティス30」を受講(約30分)
  筋トレマシン、トレッドミルなど
⑤ 実家の草刈り(数ヵ月ぶり、約2時間)
⑥ 我が家の草刈り(10日ぶり、約1時間)
  タンポポが爆発的に増えていた 

実家の竹やぶの竹に花が咲いていた。

つくしも発見。

スポーツジムで「水素水」用のボトルをいただいた。
目印に「ロードスター35周年」の記念ステッカーを貼ってみた。

退職 2日目

2025.3.29(土) 徒然 143

3月27日(木)は退任式だった。
定年退職は7年前に済んでいたが、当時は退職という気持ちになれず、迷わずに再任用の道を選んだ。
そしてこの7年間で退職に向かう自分の気運を熟成させた感じがする。
午後、フラッと寄った「2nd ストリート」で「ツェルト」を買い、自分の退職記念品とした。

きれいに咲いたニワウメ

3月28日(金)は、午前中に「年金事務所」へ行って、2年間繰り下げしていた年金受給の手続きをした。単純計算で18.2%の増額率になる。
以前どこかで「70歳まで年金は繰り下げる!」と豪語した記憶があるので、前言撤回したい。
その後、サクラマチ:モンベルに寄り、散髪もして夕方はスポーツジム「コレカラダ」で体験会をした。

男岳分教場跡のサクラは4分咲きか

3月29日(土)は日向神:ダム下へ。
雨上がりなので車はロードスターが2台だけ。
掃除をしたラインの岩質が悪く、寒くもあってモチベーションが上がらずに早仕舞となった。
昨日の筋トレマシーンの影響で体が重くもあった。

「2nd ストリート」で買ったほぼ新品(未使用)のモンベル:ライトツェルトは約4000円。
「えっ、ツェルト持ってなかったんですか?」
「今さらこんなの買って何ばすっと?」なんて声が聞こえるが無視、虫。

モンベルで買ったコード類の方が高くついた。

「コレカラダ」の「In Body」という機械で体成分分析を行なったら、BMI-19.9 体脂肪率7.7%で、体脂肪量が不足していたからか総合点数は74点だった。
今後は筋肉量を増やしていきたい。

スマホからの初投稿

2025.3.2(日) 徒然

2月の末に5年間使ったスマホの機種変更をした。これを期に今までPCからだけだったこのブログの投稿をスマホからやってみることにした。

おっ、写真の挿入にも成功したぞ。(本日のロードスター 竜門ダムにて)

PCに比べるとよく分からない事は多いが、これで数年前のようにPCが突然壊れてもあわてないで済みそうだ。

1月3日 山へ行けません!

2025.1.1~3 岩野山47 五色岩26 徒然141

1月1日(水)
大晦日の夜から地元の神社で大祓いの儀式、明けて一旦拝殿を下りて手口を漱いでから歳旦祭。
直会(なおらい)から帰ったのは午前2時だった。

明けましておめでとうございます
今年もよろしくお願いします

今年の餅は「餅つき機」の故障で非常に出来は良くないが、山用コンロで焼いて雑煮に投入、うまかった。
ひいきの旭化成駅伝優勝を確認して岩野山へ。
3年連続岩野山での初登りとなった。

今年も良い1年になりそうである。

夜は孫がもらった(私からの)お年玉の「メタル3Dパズル」を一緒に組み立てた。これで142ピースもあって難しい。330円とコスパは最強!

1月2日(木)
3日に「野岳での本番」を控えているので軽く体を動かそうと日向神へ向かった。

快晴の下、つる橋を渡る。
とりあえず一人なので五色岩の整備に向かう。

五色岩の開拓は2022年の春からで、3年経って足場の木材が古くなったので取り換えた。

五色岩は南面でスラブ主体のエリア。
5.6~5.11aまで11本ある、冬の初~中級向きエリアだ。
トポはこのブログで「2022年3月15日、五色岩、トポ」と検索して欲しい。
正午になり「びっくりフェース」の整備を行うタケシさんと昼食を食べた後に分かれた。
私は明日に備えてバルコニーで軽く登るために下山した。

ここで事故は起きた。
樹林帯の急な下りで道を少し外れ、「この下に車があるのでそのまま下るか?」と迷った瞬間、足元の落ち葉で滑った。顔に小枝が当たり注意が上にいってしまいお尻から「ゴン!」と落ちた。
下に岩があったのだろう。激痛で背筋がピンと伸びてしばらく動けなかったが、痛みが引いてきたらなんとか歩けた。
車に乗って駐車場へ。
バルコニーにナカさんたちがいたので1~2本登らせてもらおうと荷物を持って上がっていった。
そしてハーネスを着けようとしたらお尻の左側が痛い。触ってみると股下に卵大のたんこぶができていた。
ナオミさんから「早く冷やした方がいい。お風呂には入らないように」と言われ、下山した。
さて、車に乗ろうとしたら左のお尻がものすごく痛く、触ると大きく腫れていた。
マニュアル車はエンジンを始動させるために左足でクラッチを踏まないといけないが、そのクラッチが踏めない。
左お尻に大きなこぶができて当たるので、右お尻にタオルなどを敷いた。左お尻に体重がかからないように座席を一番前に出しシートを立て、サイドブレーキレバーを左手で握りしめてエンジン始動。幸いなことに骨には痛みが全く出ていない。
ダムを渡り大渕へ下る。県道13号で峠を越え、国道3号線へ出た。信号で止まるとスタートが地獄、左尻を浮かして1~2~4速と間引いてシフトアップするたびに冷や汗が出た。
帰る途中で明日野岳で登ろうと約束をしていた方々にお断りのLINEを送付した。
山から約50キロ運転して、2次被害をなんとか回避して帰宅。

お尻を触ってみると左が大きく腫れてしかも股間に近い所がカチカチに硬くなっていた。
夕食は椅子に座れず立って食べた。
夜、腫れ方がひどいので近くの国立病院に電話をしたら「担当医が小児科なので日赤に連絡してください」と言われた。
立っても横になっても痛く、寝るときは右下横向きになったが眠れるのか?

1月3日(金)

【岩野山駐車場にて】

「103」はロードスターのナンバーではなく、私の誕生日。
67歳になった。
朝起きるとかなり痛みが引いている。しかし腫れはひどい。
打撲なので病院に行ってもどうしようもなさそう。
擦過傷から出血していたのでキズパワーパッドを貼るために初めて下着を脱いで鏡で見て驚いた。
左お尻が大きく腫れて部分的に硬く黒くなっている。更に陰嚢が真っ黒く5倍ぐらいに腫れているではないか!
       ※写真はあるが掲載不可
午前中は横になって箱根駅伝で青学大が優勝するのを観て過ごした。

【元気に育つポトスとオリヅルラン】

「今日から少しゆっくり過ごしなさいと神様が言っているのかもしれませんね」というLINEもあった。
これ以上は悪くならない1年間と67歳の始まりだった。
現在このブログは立って書いている。立つと痛みはほとんどない。
後は仕事始めの7日に車の運転ができるよう静かに暮らそう。

冬至によせて

2024.12.21(土) 徒然 139

今日は冬至ということで、柚子風呂に入った。
世の中はクリスマス気分だが、やっぱりこんな行事を忘れてはいけない。 昨年は実家の柚子が豊作だったので20個ほど浮かべたが、今年は完全裏年でまったくならなかった。4個で380円だったとか。

先週の鬼岳の擦り傷も癒えて、今週は野岳に行きたかったが天候不順で諦めた。その代わり、銀行ATM巡りなど普段できないことがたくさんできた。

① 年末のそうじ(1回目)
エアコンの掃除とエコキュートの定期点検をした。掃除機が非力になったので新しいものが欲しい。

② 読書「ごん狐はなぜ撃ち殺されたのか」
表題のインパクトに魅かれて借りて読んだが、期待感が大きかっただけにこれは失望した。新見南吉のことをずいぶん研究はされているのだが表題と中身のギャップが大きすぎる。

③ プリウス
前を走るプリウスが左に曲がったら、その前の車もプリウスだったことがよくある。3号線を走っていたら前がプリウス、後ろがプリウスで横もプリウスだったことが2回ある。
ある調べものでモンゴルの首都ウランバートルの動画を観ていたら街中を走る車が「プリウス・プリウス・プリウス」だった。
10台中6台はプリウス(中古車)なのにびっくりした。

④ 間違いメール?
久しぶりの穂村弘「蛸足ノート」を読んでいたら、間違いメールが来ることがあると書いてあった。実は私にもこのごろよくあるのだ。
「この前のお店は楽しかったですね。あの後、コウさんはどうされたんですか?」こんな感じ。間違いメールなので無視していたら「前に送ったメールって、もしかして体調悪くして見れてない?」などと来る。内容的には軽いLINE的な言い方だ。
この前は「早くSさんとつないでもらわないと仕事がなくなっちゃいます!」なんてのもあった。
新手の迷惑メールなのか。何をしたいのか訳わかめだなあ。

⑤ 洗車
明日の「日向神」山行のために。
先日(12月19日)の初雪で汚れていた。

思い違い:3選

2024.11.8(金) 徒然 139

これまでの人生でたくさんの思い違い(勘違い)をしてきたが、あまり覚えていない。たぶんそんな性格なのだろう。
その中でも、ちょっと心に残っているものがある。

① 爆撃機B29のB
B29は戦争中に日本本土に焼夷弾や原爆を落とした大型爆撃機である。

子どもの頃、B29のプラモデルを買った際にこの飛行機はボーイング社が作ったことを知った。それ以来、「B」とはボーイングの頭文字と思っていた。ジャンボジェット機がボーイング747と呼ばれていたことも関係していたかもしれない。
26歳の頃、BはBonber(爆撃機)の略だと知った。

ちなみに、F-15などの「F」はFighter(戦闘機)の略、A‐10サンダーボルトなどの「A」はAttack(攻撃機)の略だ。

② 唱歌「紅葉(もみじ)」の歌詞
1番に「秋の夕日に照る山もみじ」とあるが、これは「秋の夕日に照らされている山にあるもみじ」ではなく、「秋の夕日に山もみじが照らされている」らしい。ヤマモミジとは日本固有種で日本海側に多いそうだ。
また歌詞に「松を彩る楓(カエデ)や蔦(ツタ)は」とある。
カエデは「カエルの手」が由来で、指のように葉に大きな切れ込みがあるモミジの一種だと思っていた。

これが実は逆で、切れ込みの浅いものがカエデ、切れ込みの深いものがモミジとか。
更に、分類的に紅葉(モミジ)の中に楓(カエデ)が属すると思っていた。ところが、モミジもカエデも「ムクロジ科カエデ属」になり、すべてカエデの仲間ということだそうだ。外国では二つを区別せずに「メープル」と呼ぶらしい。チョウとガを外国では区別しないのと同じだ。

③ オープンカー
小学生はマツダロードスター、ダイハツコペンなど車種名は知らなくとも「オープンカー」という言い方はよく知っている。

ダイハツコペン

私はそのオープンカーを「天気が良い時、屋根を外しても走れる車」と思っていた。
ところが、これは「天気が悪い時、屋根を付けても走れる車」が本当らしい。そうだったのか!