「井ノ上タワー」タグアーカイブ

本匠で2日間の力試し

2021.10.16(土)~17(日) 本匠 21

2018~19年の日向神:愛のエリア、20年の日向神:ダム下エリア、21年の八方ヶ岳:カニのハサミ岩と開拓に精進する日々が続いた。(続いている)
開拓なんて木こりと掃除、ボルト打ちでトップロープにぶら下がりに行っているようなもので、実際にリードする時間なんて微々たるものである。
また、コロナ禍の影響で他県のエリアに出かけることも極端に減った。年齢は毎年1つずつ増えて63歳になった。
そこでこの頃、どうも自分のクライミング力が落ちてきたように感じるようになってきた。

そんな折、山友さんから本匠一泊の話があり即乗った。
同行は若竹屋さんグループと会友のす~さん。
今の自分の力を見極める良い機会である。

10月16日(土) 切り株エリア
約2年ぶりである。

【ピットホール 5.11a】 NG
壁の中央に位置する長いルート。
5年前の夏にMOSしたのに2回とも1テン。

今日の美レイヤーはSatoさん。


午後3時に来て、初本匠で駆け付け3本のMOSしたす~さん。
末恐ろしい。

宿泊は大水車のバンガロー。
クライマー割引があるのはうれしい。
「やよいの湯」が改修工事中なのでシャワー室を利用。

夕食後の焚火中に、隣の棟の方から頂いた「大盛のアヒージョ」
夜は「カタカナーシ」カードゲームで盛り上がった。
笑い過ぎてアゴが痛くなる者続出。
夜中に小雨。

10月17日(日) 井ノ上タワー
ここも2年ぶり。
さわやかな秋風が吹き、多くのクライマーで賑わった。

【ストレートティー 5.11-】
2回目でリピートできた。
5年ぶりだとほぼ初見だ。


石灰岩には慣れが必要。


【ヤンキー 5.11-】 NG
2回やって前腕が大疲労、終わった。

今回、写真の撮れ高は良かった。
本匠には「三四郎 5.12」にガンガントライする女性クライマーが何人もおられた。

こんな感じ。


【マダニ】
ジャケットの裏に付いていた。

[ 追記]
2016年8月(5年前、58歳)、初めて井ノ上タワーを訪れた。
※本ブログのアーカイブ「2016 夏の本匠」参照
その記録によると以下の通りである。
①ちょっくら(5.10-) MOS(マスターオンサイト)
②よし登ろう(5.11-) MOS
③ストレートティー(5.11-) MOS
④なめくじら(5.10) MOS
午後は宮前エリアへ。

なんと「ストレートティー(5.11-)」はマスターでオンサイトしているではないか。また、午前中だけで4本のMOS。
それが今回は2回目でやっとリピート。
力の下落は歴然としていることが改めて分かった。
またこの月は本匠に5回通っている。
気力・体力ともに一番充実していた頃ではないだろうか。

本匠で根性を見た!

2019.11.30(土) 本匠:井ノ上タワー

6:30 大津に集合。気温は低いが昼間は晴れの予報。阿蘇の噴煙が棚引いている。
メンバーはキーボウさん、かんすけさん、さんちゃん、ミズキさん、阿蘇からHくん、そして私の6名。3人が初本匠だったので取り付きやすい「井ノ上タワー」へ。
私とミズキさんの目標は「三四郎 5.12-」で、私は3回目のトライになる。
9:00 井ノ上タワー着。気温は5度ぐらい。予想より雲があって寒い。
午後は日が当たって暑いくらいになった。

①ちょっくら(5.10-) R(リピート)
下の写真は「ちょっくら」をRPするさんちゃん。

②三四郎(5.12-) 敗退
1年に1回のトライで3回目。核心部付近のホールドがどれも持てずにテンション。
左は「よし!登ろう 5.11-」を登るキーボウさん。

③三四郎(5.12-) 敗退
どうもイメージ通りに体が動かない。わずか2本で本日の敗退宣言。
④ロコモ・シンドローム(5.11)NG
RP以来3年ぶりのトライだったがまったく登れない。「さすが三ツ星」などという言い訳は通用しない。確実に3年前より力が落ちていることを感じる。
下は反省中の図。

④なめくじら(5.10) R
上部はぎりぎりだった。
⑤山河山頭火(5.11-) NG
「一日に1本は5.11を登る」というノルマ達成の為に選んだルートで失敗。
⑥山河山頭火(5.11-) R
登り切るまで「三四郎」にトライするミズキさんに触発されて再トライ、本日のノルマを達成できた。

そのミズキさんは夕闇迫る午後5時少し前に「三四郎 5.12-」のRPに成功。

本人としても初の5.12だった。普通疲れて登れなくなるラストトライで目標を達成する根性(強いメンタル)を見せてもらった。
日ごろから地道にスキルアップを図っているミズキさんにとって「三四郎」は目標だったが、この頃は惰性で日々を送っている私にとって「三四郎」は夢だった。
今回の山行は大いなる反省を得たことが収穫だった。