2018.2.11 泗水町内一周駅伝大会
第44回泗水町内一周駅伝に参加。
1区はいつものように私だが、今年はなんと2区を長男(29歳)が走った。
ついに親子での襷リレーが実現して大変うれしい。
概ね長男というのは父親からみるといつまでも頼りない存在だ。
例えば先日、近所の通夜に微熱の父(90歳)の代わりに私が参列することになった。すると父が長男の私(60歳)に「数珠は持っとるか? 車は軽トラば使え。」などといらぬ心配をしてくる始末だ。
私の長男も全く頼りない存在ではあるが、彼の場合は少し事情が違う。
彼は「重い先天性の心臓病」を持って生まれたのだ。
赤ちゃんの時は「はいはい」もできず、2歳のころはいつもチアノーゼで顔は紫色をしていた。
当時は熊本で小児心臓病の手術ができず、3歳の時に久留米医大病院で1回目の手術を受けた。手術の翌日、ピンク色の顔や唇を見たときの感動は忘れられない。
小学校では運動全面禁止だった。勉強もできなかったが生きているだけで親としては良かった。その後も2回の手術があった。
だから中学校で卓球部に入ったときは驚いた。運動はできるのか?
卓球の試合で勝ったのは見たことがない。それでも3年生のときは主将を務めた。
心配された高校進学は自分で地元の公立高校を選んだ。
高校時代は一人でこそこそと勉強したみたいで、3年生の秋には県立大学の推薦合格を決めて周りを驚かせた。
大学の4年間はぱーっと弾けて青春を謳歌して欲しかったが、自宅通の上にコンビニでバイトばかりしていたので親はお金がかからなかった。
卒業後は地元の団体職員になり、地域の消防団員にもなって地域貢献している。
彼は「生きているだけで良し!」と小さいときから思われているので、何か当たり前のことをやっても「へー、意外とやるもんだ」と高評価を得ることができる。
今回も「え、お前が駅伝に出ると!?」と、周りを驚かせた。
そして今日は本番。2区で私から襷を受けると元気に走って行った。
車で先回りして3区中継所で待っていると、いつまでたっても現れない。
「ひょっとすると、途中で倒れているかも・・・」と心配になり、車で迎えに行くと断トツビリで回収車の前を歩くように走っていた。
それでも「あ~、倒れていなくて良かった。なんとか走っているよ~。」と周りをほっとさせた。
ゴール地点の孔子公園で記念写真を撮った。
来年は「最下位からの脱出!」がチームの目標だ。