平成28年(2016) 熊本地震
2016年4月14日の午後9時26分ごろに突然襲ってきた大地震。
M6.4、益城町では震度7。
私の住む菊池では震度5、それでも人生初の大地震だ。
最初の行動は、不覚にも倒れそうになったテレビを押さえに行ってしまった。
すごい地響きの割に棚からの落下物はほとんどない。極端な「縦揺れ」だ。
30分後に震度4ぐらいの余震が来た。
今度は落ち着いてテーブルの下にもぐって「シェイク・アウト」をする。
その後も震度3ぐらいの余震が続く。
テレビでは益城町の被害を伝えている。
4月15日(金)は職場が臨時休業日となる。
午後は年休(有休)をとって、岩野山の様子を見に行く。
落石一つなく平穏無事だったので一安心した。
4月16日(土)午前1時26分。
頭上からの「ドカン!」という大音響で跳ね起きる。
気が付くと洋ダンスのガラス戸がベッドに倒れかかっている。
これが割れていたら大惨事だ。
揺れが収まり二階から下りようとするとまた揺れる。
これを何度も繰り返した。
後で気付いたが、壁の時計が1時26分で止まっていた。
時計は落ちなかったが裏の乾電池が飛び出ていたのだ。
これが本震(M7.3)で、相当な横揺れだった。
近くの実家に住む父に落ちてきた蛍光灯が当たりそうになったと連絡があり、グリベルのヘルメットにヘッデンを付けて走って見に行った。
父や次女、孫の無事を確認。
長女一家も様子を見に来て、みんなで無事を喜び合った。
その後も余震がガンガンやってきて、テレビでは宇土市役所が半壊などのニュースを伝えていた。
一夜明けると益城、阿蘇、熊本市などはひどい惨状だった。幸い我が家の被害は軽微だったが近所の親戚は母屋の棟瓦が崩れ落ちていた。夜は雨の予報だったのでホームセンターにブルーシートを買いに行くもすでに売り切れ。ところが久留米に住む従弟がブルーシートや土嚢袋をたくさん買ってきたのでみんなで屋根に上り、夕方までには雨対策がしっかりとできた。
もう一軒の従妹の家は 瓦や窓の割れ方がひどすぎて治す気力もなく、避難所に早々に 行ってしまった。
余震の続く屋根に上るより、実は賢明な選択だったかもしれない。
これは近所の墓地。半分ぐらいの石塔が倒れている。
上の写真は職場にある大きな記念碑。
地震で傾き今にも倒れそうである。
これが倒れて転がったら大変なことになりそうだ。
今思えば、どうしてこんな物を作ったのだろう。
4月19日(火) 現在時刻、午前0時。まだまだ余震は続く。
≪追伸≫
4月20日(水)上記の記念碑は大型クレーンが来て下に降ろされました。
8tありました。早急の対応でありがたいことです。