思い出の写真 9 (36歳、クライマーからランナーへ)

2020.5.10(日) 思い出の写真 No9

1994(平成6)年 36歳
庵鹿川の三澤さんは昔からよく語っていた。
「クライマーには3大障壁がある。1つ目は就職。2つ目は結婚。3つ目は子ども」と。
山ばかり登って仕事も恋もしていないような私であったが30歳の時には3人の子どもがいた。

写真のように「トレラン」は時々やったが、この年からクライミングはすっぱりと止め、家族で行けるマラソン大会にでるようになった。

思い出の写真を最後に3枚載せよう。
当時の愛車、三菱デリカと根子岳。

秋、クレッテル・カメラードは盛大に鍋の平で観月会を行っていた。

阿蘇・高岳鷲ヶ峰に集ったクレッテルの仲間。

それから2011(平成23)年、53歳になった私がクライミングの世界に戻ってくるまで17年の歳月を要した。